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ニンニク

モリエールの『守銭奴』にでてくる使用人メトゥル・ジャック(ジャック親方)は、吝薔家の主人アルパゴソに隻るにあたって料理人の服を着るべきか御老の服を着るべきか迷ってしまう。

ニンニクをあつかうときは、このメトゥル・ジャックのように迷いが生じる。

料理人の白い帽子をかぶるべきか、それとも医者の黒い帽子をかぶるべきか?ニソニクについて書くときもそうだ。

胃袋の神に代わって書くべきか、それとも医神アスクレビオスの名において書くべきか?ニソニクは食材であると同時に医薬でもあるのだ。

かなり昔に確立されたその評判は、長い歳月のあいだにも傷つくことなく、今日も健在である。

ニンニクを意味するフランス語のアユ(ailの語源は、"熱い"とか"燃えるような"という意味のケルト語のアル(all)である。

たしかにニンニクに似合う呼称だ。

原産地は中央アジアの大草原で、遠い昔から中国、メソポタミア、エジプトで栽培されてきた。

中国ではニンニクは漢字ひとつで表現される。

名が一字のものは自生していた植物か大昔から知られていた植物である場合が多い。

エジプトでは、紀元前二六〇〇年ころ、第四王朝の二番めのファラオであるクフ王が、ギゼーの三大ピラミッドのなかでも最大のものの建造をくわだてた。

この壮大な計画を実行するために十万人の男が動員され、彼らは三ヵ月ごとに交替させられた。

そのとき、ニンニクも食料とされた。

ヘロドトスは次のように書いている。

「労働者の食料となったラディッシュ、タマネギ、ニンニクを得るのに必要となった費用が、エジプトの文字でピラミッドの上に刻みこまれていた。

その文字を読み解いた者が、それは銀で千六百タラント(約四十トン)にのぼると私に告げた」しかし、ニソニク好きには困ったことが起こる。

ニンニクが大出世をとげ、ついには神々の仲間入りを果たしてしまうのである。

タマネギ同様、ニンニクも、宗教上の儀式で名を口にして助けを求めるのはよいが、食べてはいけないということになってしまうのだ。

ただ、この禁止はエジプトの支配下にあったイスラエルの民にまで徹底することはできなかった。

イスラエルの民はシナイの荒野をさまようあいだ、「エジプトの地のキュウリ、メロン、リーキ、タマネギ、ニンニク」を食べられないことを嘆かずにはいられなかった。

そこで、彼らはパレスチナへ着くや、エジプトで覚えた栽培法を実践し、大規模なニンニク栽培に乗り出した。

そして、ニンニクはとくに穀物の刈取り人たちに好まれた。

ギリシア・ローマ時代には、ニソニクは二つの評判を勝ち得た。

ひとつは薬味としてすぐれているという評判である。

ただし、薬味に用いれぽ特上の料理ができると考えられ、かなりの人気があったが、臭気ゆえ貴族の食卓にのることはなかった。

もうひとつは戦士の精力剤となるという評判である。

アリストファネスの『アカルナイの人々』では、ニンニクを盗まれたので体力がすぐに消耗し、戦いには負ける、とディカイオポリスが嘆く。

「やれ情けなや、こりゃたまらん!オドマソトイの野郎わしのにんにくを横取りしおった。

そのにんにく下におろさんか?」するとテオロスが答える。

「このやくざ者め!このにんにく食らった者どもには近寄らぬがよいそ」(会話部分、村川堅太郎訳)しかし、ニソニクはそんなふうにギリシア中でもてはやされたわけではない。

たとえば、ニンニクを食べた者は、神々の母である曲豆穰多産の女神キュペレの神殿に入ることを禁止された。

この禁止事項をおかしてキュペレの神殿で眠りこんでしまった哲学老のスティルフォンは、女神が夢のなかにあらわれて、こう言うのを聞いた。

「スティルフォソ、哲学者のくせに神聖な掟をやぶるとは!」哲学者は答えた。

「食べるものを与えてください。

そうしてくだされぽ、もう二度とニンニクを食べません!」古代ローマでは、ニソニクは平民のふつうの食べものとなった。

とくに兵隊がよく食べ、軍隊生活のシンボルにまでなった。

フランス王アンリ四世が誕生したときには、こんな話がある。

祖父のアンリ・ダルブレは、孫が生まれるやいなや、ニンニクをひとかけら与えてみた。

すると、のちのアンリ四世は、「吸うかのように、小さな唇をしっかりこすり合わせた」。

早くも強壮さを示す赤子を見て、アンリ・ダルブレは狂喜し、叫んだ。

「いいそ、いいそ。

おまえは真のベアルン人になる」ベアルンは言うまでもなくアソリ・ダルブレの領地だったところだ。

当時も、また今日でもそうだが、南フランスはどこでもニソニクの消費量がとくに多い。

"ニンニク入りマヨネーズ・ソース"と言ってよいアイヨリが、南仏ではいまもシソボル的食品のひとつとなっている。

また、十字軍兵士たちと戦ったイスラム教徒たちは、キリスト教徒たちの金ぴかの甲冑よりも彼らが発するニンニクの強烈な臭気に恐れをなしたという。

ニンニクは不思議な植物である。

ユリ科に属し、タマネギ、エシャロット、リーキ、シブル(ネギ)、チャイヴ(アサツキ)といった植物はいとこにあたる。

ユリ科であるから、花はユリやチューリップの花と同じ構造をしている。

色のついた花びらが六つ、雄しべが六つあり、中央の雌しべの付け根に子房がある。

子房は三枚の葉が変形し癒合してできたもので、なかは三室に分かれている。

しかし、チューリップやユリの豪華な花とはちがって、ニンニクの花はきわめて小さい。

しかも、開花期の前に、先が細くなって尖った膜のような大きい包葉に閉じこめられてしまう。

つまり、長い花柄によってひとつひとつ支えられる花は、実際に咲くことはない。

少なくともフランスのような気候のもとでは。

そこで、面白いことに、花の代わりに小さな珠芽(むかご)ができることが多くなる。

花を咲かせるのがむずかしく、種ができることはごくまれにしかないので、ニソニクはそうした無性生殖をとるようになったのだろう。

珠芽が土の上に落ちると、新たな個体をつくろうとする。

ニソニクにはもうひとつ繁殖方法がある。

やはり無性生殖で、鱗片によるものだ。

この鱗片が食用となるいわゆる"ニソニク"である。

ひとつの鱗茎のなかに十二から十六の鱗片がつまり、白っぽい薄皮でおおわれている。

鱗片は台の上に並んで球をつくり、それぞれが硬めの皮でおおわれている。

ニソニクは大きく二種類に分けることができる。

ひとつは、もっぱら鱗片によって生殖する花軸のないもの。

もうひとつは、多数の珠芽と種をつくらぬ花がまざる花軸をもつものである。

後者は、大きいが脆弱な四から十の鱗片しかつくらない。

鱗片による栽培でも、珠芽によるものでも、生殖は春おこなわれる。

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