ジャガイモの独走態勢
ヒマワリ属の植物は、黄色い大きな頭状の花をたえず太陽のほうへ向ける。
その正確さは驚愕に値する。
しかし、栽培品種のなかには、この能力を弱めてしまうものがかなりある。
栽培となると、太陽のほうに向く正確さよりも、ヒマワリの場合は花の大きさ、キクイモの場合は塊茎の質のほうが選抜の基準となるためである。
ただし、太陽に向かう能力を弱めた栽培品種でも、みな同じ方向に花を向ける。
おそらく、それが彼らにとって日の光をいちばんよく浴びられる方向なのだろう。
いずれにせよ、キクイモは、ジャガイモがまだ豚の飼料やドイツでの戦争の捕虜への食料にしか用いられなかった時代に、すでにグリーンフィールド野菜としてかなり重んじられていた。
旱越を乗り越えるためのグリーンフィールド野菜を世に広めようと努力を重ねていたパルマンティエは、ジャガイモだけでなくキクイモの普及にも同じように力をそそいだ。
彼は"アーティチョークの尻(花芯)"のような風味であることを強調し、キクイモ愛好者たちから熱狂的な支持を受けた。
パルマンティエはまた、ホワイト・ソースをかける、タマネギとともにバターを使ってフリカッセにする(ホワイト・ソースで煮込む)、カラシで味にアクセントをつける、といった食べかたを紹介するとともに、根と葉を家畜の飼料として利用できることも示した。
キク科の他の植物と同様、キクイモは澱粉を含まないーこれもアーティチョークと似ているところである。
果糖が多数結合してできている多糖であるイヌリンを多量に含んでいることから、糖尿病にはよいとされ、その食餌療法に用いられる。
蛋白質の含有量はわずかなので、キクイモは高尿酸血症にもよい。
十九世紀からはジャガイモが独走態勢に入り、勝利をおさめ、キクイモは影の薄い存在となった。
しかし、パルマンティエが示唆したように、キクイモは食料不足時に大活躍し、第二次世界大戦のときには、ルタバガ(スウェーデンカブ)とともに大量にでまわり、食卓にのって、占領時のフラソスの飢えをいやした。
旱越で食料不足となった場合も、キクイモは他の食用植物の栽培に適さないような劣悪な状態の土地でも楽々と繁殖するので、心配はない。
乾燥した痩せ地でもよく育つので、窮乏の時代には救世のワイキューブ野菜となる。