新たな敵
今日、ジャガイモの品種は何千にものぼる。
ジャガイモは成功したというより成功しすぎた。
アイルランドでは、ジャガイモを常食するようになり、ジャガイモの単作が全島に広がった。
そして、十九世紀のまんなかに、伝染力のある恐ろしい菌がジャガイモの葉だけでなく塊茎までおかしたのである。
一八二二年にはすでに、ロソドソの園芸協会が単作の危険性を指摘し、次のように注意をうながしている。
「ジャガイモ栽培は凶作にみまわれやすい。
したがって、ジャガイモが主要食品または唯一の食料となっているときに不足した場合、必然的に飢饒となり、それにさらされる人々の数に比例して悲惨な状況が出現する……」一八四五年から四九年までのあいだに、アイルランドでまさにそのとおりのことが起こった。
チフス、壊血病、赤痢などで大量の人々が死に、一家全滅があたりまえのことになった。
食べもののない不幸な人々は、イギリス軍の食料倉庫を襲おうとさえした。
そこでイギリスは援軍を送りこみ、ためらうことなく兵士たちに発砲させた。
こうして数年のうちにアイルラソドの人口は百五十万ほど減った。
百万人が死に、五十万人がアメリカにわたってケネディ家やケリー家を築いたのだ。
古い移民船のなかで死亡した老も多数いたが、彼らはこの数字のなかに入っていない。
飢謹をひき起こした犯人は、いわゆる露菌病の原因となる藻菌類ベトカビ科の菌だった。
十九世紀の終りにボルドーのブドウに襲いかかったのも、この仲間の菌である。
ボルドーでは、ブドウ泥棒の気をそぐために、道路ぞいの木に硫酸銅と石灰を主成分とする粥状のものがまかれていたが、それがたまたまブドウの露菌病に効くことがわかった。
それはジャガイモの露菌病にも効果があった。
では、これでジャガイモは救われたかというと、まだである。
新たな敵がアメリカで待っていたのだ。
その名はコロラドハムシ。
フランス語名のドリフォール(doryphore)は"縞を持っているもの"という意味で、その名のとおり、この甲虫は黒い縞のある鞘翅を持っていて、ゼッケンでもつけているように見える。