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植物の歴史

一六〇一年に出版された『植物の歴史』のなかに、こんな記述がある。

十六世紀の終りにすでにジャガイモがイタリアで広く栽培されるようになっていたとしたら、ドイツ、オーストリア、スイス、フラソス東部へと広がっていったのはシャルル・ド・レクリューズの塊茎のおかげだろう。

しかし、ジャガイモを普及させて栽培をほんとうに盛んにしたのは、プロイセソ王フリードリヒ大王である(だからフラソスに広めたパルマソティエは、ドイツでジャガイモの存在を知ったのではないかと思われる)。

いずれにせよ、ジャガイモに関する悪い噂がたったのもそのころで、プルゴーニュの人々はジャガイモが癩病をもたらすとさえ信じこんでいた。

ジャガイモは十六世紀の終りにはイギリスにも入っていたので、ヨーロッパはちょうどジャガイモに挟み撃ちされるような形になっていた。

ただ、いつ、どこからイギリスに入ったのかということは、はっきりしていない。

フランシス・ドレークというイギリスの提督が、アメリカのヴァージニアからアイルラソド人の入植者たちを連れ帰るさい、本国に持ち帰ったのではないか、という説がある。

アイルランド人入植者たちが、イギリスの海賊に略奪されたスペイン船にあったジャガイモを持ってきたというのである。

ちょっと出来すぎの話だが、これ以上の仮説はいまのところない。

いずれにせよ、一五八六年にはすでにイギリスの植物学者(薬剤師)ジョン・ジェラードがオズボーソの庭園でジャガイモを栽培している。

その年はジャガイモの歴史にとってまさしく重要な年である。

ジャガイモをイギリスに持ち帰っただけでも、ドレークには像を立ててもらえるほどの功績がある。

事実、ジェラードは自分の植物図鑑の扉にドレークの像を配した。

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